コロナウイルス対策としての企業に生じる課題
1 そもそもリモートワークを命ずることが可能か

もっとも、就業規則に記載が無い場合は一切できないのかというと、そうではありません。コロナウイルスに対する労働者への安全配慮、労務提供の前提である通勤(オフィスに来る義務)を免除するという観点からは就業規則の記載が無くとも命ずることは可能と解されます。
2 リモートワークでの労働時間管理の問題
(1)通常の管理
リモートワークを検討する上で多くの経営者が懸念することは「会社外で作業」=「サボるのではないか」というものだと思います。
この点については、リモートワークにおいても、PCの挙動は技術的に把握可能ですので、オフィスに居る時と同様に常時監視も技術的には可能です。
しかしながら、オフィスでの中抜け、喫煙、コーヒー入れる、コンビニに行く、ネットサーフィンをしているetc.の時間をそこまで厳しく見ているのでしょうか。オフィスに居る時もそこまで厳格にチェックしているということであればもはや別の問題がありそうですが、そうしていないのであれば 後述のように、リモートワークにおいては「成果」を把握することが重要です。そうであれば、事細かに把握しようとするのではなく、大きな外出以外はある程度無視して良いではないかと考えております(やることをやっていれば)。どこで線引きするかは労使で検討すべきですが30分や1時間が妥当ではないでしょうか。
その上で、残業は原則禁止(所定時間労働が原則)、必要な場合は報告の上、許可を求めるという運用が必要です。
なお、企業は「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定)に基づき、適切に労働時間管理を行わなければならなりません。そこでは、タイムカード、ICカードによる客観的労働時間の把握が原則とされつつも、自己申告による場合は実際の労働時間との齟齬などを定期的にチェックせよということになっていますので、PCオフの時間の確認などを随時行えば良いでしょう(後述のように、労働安全衛生法の観点から客観的労働時間の状況把握は行う必要があります)。
(2)管理監督者
管理監督者については労働時間の問題が適用除外となっておりますのでオフィスに居る場合と何ら変わりません。深夜支払の必要がある点も同様ですので、深夜時間帯の勤務は原則禁止にすべきでしょう。また、休日割増賃金は発生しませんが、自宅だと際限なく働く可能性がありますので休日労働についても原則禁止とすべきでしょう。
一方で、管理職自身の問題としてコミュニケーションや人事考課をどうするかという問題が別途生じますのでこの点は後述します。
3 リモートワークと会社の安全配慮義務
使用者は安全配慮義務を負っており、これはリモートワークであっても何ら変わりません。リモートワークについては業務とプライベートの境目が曖昧になりがちであるため、長時間労働や不規則な深夜労働は防止する観点から原則として所定労働時間の労働とすべきでしょう。これに加えて、働き方改革関連法による労働安全衛生法の改正により、PC、タイムカード、ICカードによる客観的労働の状況把握が義務づけられています。
リモートワークについてはタイムカードやICカードは考え難いため、例外的な場合として自己申告でも許されるのか?という問題点があります。
ここで参考になるのは経済産業省グレーゾーン解消制度「勤怠管理ツールによる労働時間把握について」平成31年3月27日回答です。
「労働者が事業場外において行う業務に直行又は直帰する場合などにおいても、例えば、事業場外から社内システムにアクセスすることが可能であり、客観的な方法による労働時間の状況を把握できる場合もあるため、直行又は直帰であることのみを理由として、自己申告により労働時間の状況を把握することは、認められない。」
また、タイムカードによる出退勤時刻や入退室時刻の記録やパーソナルコンピュータの使用時間の記録などのデータを有する場合や事業者の現認により当該労働者の労働時間を把握できる場合にもかかわらず、自己申告による把握のみにより労働時間の状況を把握することは、認められない。」 とされています。つまり、PCによるオンオフの挙動が把握できるのであれば、客観的労働時間の状況も把握できるであろうということです。悩ましいのは、業務専用PCを貸与している場合であれば良いのですが、自宅PCにて作業をしている場合、業務関連行為を行っているのか、プライベート行為を行っているのかがPCオンオフからだけでは分からないということです。その場合は、所定労働時間を原則としつつ、作業ボリューム・メール送信時刻などから判断せざるを得ないでしょう。
4 休業手当の問題
「コロナウイルスに罹患した」ことが確定した場合や、確定していなくとも「39度の高熱が出ており動けない」場合には、労務提供が不能ですから労基法26条の「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当しませんので、休業手当を支払う必要はありません(厚生労働省 「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け) 令和2年2月21日時点版」「3」、「問2」)。では、37.5度程度の発熱がある場合についてはどう考えるべきでしょうか。
この点、厚生労働省は「例えば熱が37.5度以上あることなど一定の症状があることのみをもって一律に労働者に休んでいただく措置をとる場合のように、使用者の自主的な判断で休業させる場合は、一般的には「使用者の責に帰すべき事由による休業」に当てはまり、休業手当を支払う必要があります。」(「3」、「問4」)としています。
しかし、現時点で「37.5度以上の発熱が4日以上続く」ことが新型コロナウイルスの相談目安とされている中で37.5度の発熱があるというのは感染発症初日である可能性があります。その状況下においては単に使用者の自主的判断で休むレベルの話なのでしょうか。仮に、37.5度の発熱が使用者の自主的判断レベルであるとすれば、それは自主的判断が無ければ「出勤せよ」ということを意味します。現状況でこれは正しい判断と言えるでしょうか。
具体的に、休業手当が必要な線引きをどうするかは企業内の労使で検討すべき課題のように思います。
他方で、法的に休業手当の支払が要らないからと言って、企業として何もする必要がないかといえばそうではありません。
まず、4日以上の欠勤となる場合は傷病手当金の支給があり得ますので、そちらの手続案内も行うべきでしょう。
また、労基法上の休業手当が支払われない場合でも、これに準じて本年限りの特別休業手当(6割や健保との差額支給)を検討したり、就業規則上の(法律以上の)休業手当支給の検討、有給休暇の利用、時効に係って失効した有給の特例利用など企業人事が打てる手はあります。このような非常事態の際は企業人事の労働者に対する向き合い方が問われる時です。法律上の義務に拘泥するのではなく、何が必要かを真摯に検討すべきでしょう。
なお、同一労働同一賃金的な問題として、正社員は月給制で欠勤の際も賃金減額は無いが、パート・契約社員は「そもそも時給が発生しない」としている場面も、法的な義務はともかくとして、格差是正の検討ポイントにはなるでしょう。
5 人事考課の問題
コロナウイルスの脅威がいつまで続くのかわかりません。短期間であれば問題ないですが、長期間続くようであれば、継続してリモートワークを実施する必要があり、どのように人事評価すればいいのかが問題になります。リモートワークでは人事評価が難しいのではないかと懸念する声を聞きます。しかしながら、リモートワークにおいて(本来はこれに限らないのですが)重要なのは何時間PCの前に座っていたかではなく、どのような成果を出しているかです。つまり、所定労働時間内の労働である限り、時間では無く成果で人事考課を行うのが原則でしょう。そうすると、むしろ成果が顕在化することにより「労働時間は長いけども具体的成果がない」というケースがあぶり出されることになります。
また、人事考課のうち行動評価については部下の様子が見えないので難しいという意見もあります。確かに実際にどのように業務遂行しているのかという行動部分が見えないので、やはり成果により判断するのが基本とはなりますが、ビデオ電話やチャットの様子から行動評価を行うことも可能です。
もちろん、前提としてリモートワークに馴染む業務の切り分けが重要ですし、どうしても「その場に居ないと出来ない」現場性が高い業務もあるでしょう。しかし、一度固定観念を取り払って、「テレワーク化出来る部分は無いか」と改めて検討することが重要です。
6 コミュニケーションの問題
リモートワークだと、フェイストゥーフェイスに比べてコミュニケーションが取りにくいという声も聞こえます。しかし、テレワークにおいてもチャットによる業務指導、ビデオ通話による面談も可能です。もっとも、リモートワークでは従業員が職場にいないため、管理職は意識的にコミュニケーションを行う必要があるでしょう。リモート=放任ではなく、オフィスにいるとき以上に意識的なコミュニケーションが必要な場合があります(もっとも従業員個々のタイプにもよりますが)。大切なのは、相手がパフォーマンスを発揮する上で、どういう接し方が最適なのかを見極めることです。
その上では、業務指示のチャットだけではなく、意識的にチームでのコミュニケーションとして雑談をしてみたり、ビデオ通話による会議をしてみたり、オンラインランチミーティングをやってみても良いでしょう。
7 まとめ
コロナウイルス対応として企業がどのように対応するか、判断が求められています。従業員の働き方、体調不良の場合の会社の対応一つで、会社が従業員をどのように位置づけているか(単なる働き手としかみていないのか、それとも重要な人材として見ているのか)がみられています(特に従業員から)。
コロナウイルス対策を契機として、従業員の働きやすい環境をつくるためにも様々な方法による労務管理を検討する必要があるのではないでしょうか。