新型コロナウイルスによる景気後退と企業の課題
それに伴い、弊所では多くの企業から、新型コロナウイルス感染拡大その後の景気後退により企業の売上が減少した場合、従業員を整理解雇が可能か、給料の減額が可能かのご相談をお受けすることが多くなりました。特に多いのが、観光バス業、観光客相手の飲食店・土産店、娯楽施設、イベント業を事業としている企業です。これらの業種は、いわゆる観光・企画型の事業ゆえに、外出の自粛等の影響を直接に受けるため、新型コロナウイルスによる業績減少に直結しています。
そこで、今回、企業の売上減少に伴う会社の対応について記載しておきたいと思います。
1 整理解雇、減給は諸刃の剣であること

そこで、まず現状を打開するためには本当に整理解雇や減給することが最善の手段なのかということを今一度考える必要があります。売上回復や人件費以外の経費削減を行えないか、整理解雇や減給自体は避けられないにしても従業員に対する直接不利益である解雇や減給の幅を小さくできないかなどの策を講じないと、従業員の企業に対する愛着、忠誠心は一気になくなります。
2 整理解雇をするには厳しい要件がある
解雇は、労働契約法16条により「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定められており、過去の判例によって解雇の有効性は慎重に判断されています。具体的には以下の4要件が必要とされています。新型コロナウイルスの流行からまだそれほど期間が経過していないことからしても、現時点で解雇が法的にみて有効とされるケースはなかなかないのではないかと考えております。
① 人員整理の必要性
経営状態が切迫し、解雇を行わない限り、企業の存続に関わる状態にあると客観的に認められる必要があります。ただし最近では存続に関わる状態まで待っていては手遅れになると判断されるケースでは、解雇が認められることもあります。もっとも、上述のとおり、新型コロナウイルスの流行からまだそれほど期間が経過していない現時点では、
人員整理の必要性があるかについてはかなり厳格に判断されるように思います。
② 解雇回避努力義務の履行
役員報酬の削減、新規採用の抑制、希望退職者の募集、配置転換、出向等により、整理解雇を回避するために相当の経営努力をはらわないと、整理解雇は認められません。
③ 被解雇者選定の合理性
人選基準が合理的であり、かつ具体的人選も合理的かつ公平でないと、整理解雇は不平等とみなされ、認められません。
④ 手続の妥当性
被解雇者に対する説明・話し合い・納得を得るための手段を経ていない一方的解雇は認められません。
3 減給するための手順と方法
それでは減給はどうでしょうか。労働法では、企業都合で賃金(基本給)を引き下げたり、各種手当を減額したりすることは、労働者にとって「不利益変更」となるため、原則として禁止となっています。つまり企業側が一方的に賃金カットしたり、手当を廃止したりすることは法律上できないのです。しかしながら、業績不振により、減給を断行しなければならない状態に追い込まれている場合は、実際に減給するまで、段階を踏む必要があります。(1)従業員の同意を得る
契約は当事者の合意によって成り立っているものですから、両者の合意があれば給与の変更をすることも可能です。最も穏便な進め方であろうと思いますので、可能な限りは従業員の同意を得た上での減給を実施するべきです。
もっとも、給料は従業員の生活の糧であり、従業員と企業の間の雇用契約において特に重要な要素ですので、それを減給することは従業員に対する重大な不利益変更となります。そのため、従業員が減給について形式上同意したことをもって、減給することは後々トラブルになることがあります。
実際、労働者は一般的に使用者の指揮命令に服するべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、特に労働者の賃金または退職金を切り下げる内容の「同意」については、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することを使用者側が主張立証しない限り、同意としての効力を認められない(同意は不存在である)とされた最高裁判決もあります(最判平成28年2月19日)。
このように、同意を得て行う場合でも、その同意は労働者の自由意思に基づく明確なものであることを必要です。また、黙示の合意の場合はその成立や有効性は容易には認められないため、書面で同意をもらうことは最低限必要です。
(2)企業による減給
① そもそも企業による一方的な減給は可能か
では、従業員との個別合意による減給が出来なかった場合、企業としてはどのような手順で減給を実施するのでしょうか。
そもそも労働契約法第9条本文では「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。」とされており、労働者の不利益変更となる内容である会社側からの一方的な賃金の引き下げについては原則として許されません。
ただし、例外があります。同法第10条は、「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。」と定めています。かなり長い条項ですが、ものすごく端的に言うと、就業規則を変更し、それを従業員に周知させる等の必要な手続きを経て、かつ変更の内容に合理性が認められる場合には、例外的に従業員との合意がなくても企業側からの一方的な不利益変更も許されるとしているのです。
② 制度の策定
まずは減給の仕組み作りである制度策定です。従業員に対してどの程度減給を行い、その結果経営状態がどのように改善されるのかを綿密にシミュレーションし、従業員個々人の受ける減給の不利益を算定しなければなりません。これを怠って、全社員一律20%賃金カット!などと一方的に宣言すると、従業員からは、「なんら納得できるものではない」「計算式がはっきりしない」と突き上げを受けかねません。
③ 役員の報酬カットを取締役会で決議
制度が固まったら、次は労働者に対する説明の前に、取締役等の役員の報酬カットを取締役会で決議する必要もあると考えております。会社経営が傾いている緊急事態に対して、役員のみ高給を維持しているようでは、合理性を欠く、従業員にだけ不利益を押しつけた減給とみなされ、認められないこともありえます。
④ 従業員に対する説明
次に従業員に対する説明です。現在の企業の置かれた経営状況や経費削減に尽力したことを逐一従業員や組合に説明し、従業員の理解を得られる必要があります。ここで大切なのは集団に対して一方的に説明するのではなく、できれば個別に説明し、従業員の生命の糧である賃金を下げる理由を丁寧に説明し、従業員の理解と相談に乗るべきでしょう。
⑤ 賃金回復の約束
最後にやるべきことは、業績回復後には賃金を現状まで回復させるとの取り決め作りです。こちらも企業の義務ではありませんが、減給の合理性を飛躍的に高める手法といえるでしょう。
4 まとめ
整理解雇や賃金カットは、企業人事にとって影響が極めて大きいものとなります。新型コロナウイルスによる景気後退により売り上げが大幅に減少したとの安易な理由で従業員に対して不利益処分を課すと、従業員からの労働訴訟を提起されるだけでなく、ブラック企業としてのレッテルを貼られることになりかねません。 厳しい状況ではありますが、そのような時こそ正しい手法をとり、従業員保護の観点で解雇や減給施策をすすめることができれば、従業員の安心を得ることができ、「人財」流出の危険は薄くなります。たきざわ法律事務所では、「クライアント企業の役員・従業員を含め皆が誇りを持つ組織、皆が幸せになれる組織の構築を実現する。」という理念の下、企業の「人財」確保に向けた法的サポートを実施しております。 景気低迷のため、売上が大幅に減少した企業において、どのような対応をしたらいいかについては法的な側面からの検討が不可欠です。是非ともお気軽にお問い合わせください。