たきざわ法律事務所

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YouTube動画に関する内部通報とコンプライアンス

1 はじめに

 芸能人や政治家、また一般人が個人的意見を主張することのできる場として、YouTubeのような動画投稿サイトは貴重なツールになっています。TwitterなどのSNSへの投稿に動画リンクを貼ることでフォロワーを通じて拡散し、多くの人の目に触れさせることもできます。
 しかしながら、YouTubeで自らが勤務している会社の悪評を述べて、問題になるケースも多く見受けられます。
 そこで、今回は、「ある会社の社員がYouTube動画を閲覧していたところ、たまたま当該動画に同じ会社の上司が出演し、会社の部下の悪口を言っていた」いう事例において、当該動画を見た社員が会社の内部通報窓口に通報しようかどうか迷っている、という場面を想定して、会社内の通報窓口の運用上の注意点について解説いたします。
 なお、当該会社においては、一応、社内の通報窓口を設置し、通報窓口の運用担当者も決めているものの、法律事務所に通報窓口の運用を委託していないという前提で解説いたします。

2 事例

  Aは、とある証券会社X社の社員である。Aが何気なくYouTubeを見ていたところ、X社の社員B(Aの上司に当たる)がYouTubeに出演していることを発見した。そのYouTube動画の企画は、「会社にいる問題社員」というテーマで、Bは会社名を明らかにした上で会社の問題社員について面白おかしく話していた。
 Aは、動画を見ていた際、Bが「会社にいる問題社員」として話している内容がAのことであり、Aの悪口を話しているとしか思えなかった。もちろん、BはAの名前やイニシャルを明らかにすることはなかったものの、Aとしては、X社の社員が当該動画を見れば、その問題社員がAであることはわかるのではないかと思っている。
 Bの発言は全くでたらめであり、Aとしては上司Bの言動を見逃すわけにはいかないと思っており、X社の通報窓口に通報しようと考えている。ただ、X社には一応の内部通報窓口が設置されているものの、特に法律事務所に通報窓口の運営を委託しているわけではない。X社の内部通報窓口は社内の管理部が運営しているものであり、また、窓口の担当者が、今回問題となっている上司Bと同期入社で仲がいい。そのため、AはX社の内部通報窓口に通報するとBにAが通報したのがばれてしまうのではないかと懸念し、通報を躊躇している。

3 解説

(1)事例の問題点
 Aは、会社の内部通報窓口に、上司のBの言動を通報しようとしていますが、これによって通報者が自分であることを知られることを懸念しています。通報したことによって、通報を知ったBから報復を受けるかもしれないからです。
 また、窓口の担当者がBの同僚であり、通報してもうやむやにされるだけではないかと懸念しています。
 このように、単に内部通報窓口を設置しただけでは、社員としては、通報しても真摯に対応してもらえるのか、通報者が自分であることを知られることになるのではないか、場合によっては不利益を被ることになるのではないか等の不安を抱き、通報できないケースが多いです。

(2)会社の対応における注意点
ⅰ 通報窓口を設置する際の注意点
(ⅰ)通報窓口の独立性を確保

 通報窓口を社内に設ける場合、総務部門、法務・コンプライアンス部門、人事部門、監査部門等に置かれることが一般的です。通報がもみ消されたりすることがないように、通報対象事実と利益相反が生じにくい部署に設置することが必要となります。消費者庁が公表した「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」(平成28年12月)によれば、徹底して通報対象事実に関係する担当者が相談を受けることないようにすることが求められています。
 経営者トップ(社長等)自身が管轄する場合もあるようですが、この場合には、社外取締役・監査役等への通報ルート等、経営幹部から独立性を有する通報窓口を併設することが望ましいでしょう。
(ⅱ)通報者の匿名性確保
 また、内部通報の実効性を高めるためには、Aのような不安を拭い去るため、通報者の意向次第では匿名による通報を受け付けることも検討する必要があります。
 この点に関し、匿名による通報を受け付けるか否かについて、会社毎で異なっています。確かに、匿名による通報を認めると、事実関係の確認が困難となる、嫌がらせや誹謗中傷目的での通報が増大する可能性がある、通報者が不利益取扱いを受けているか否かの確認ができない等の問題があります。他方で、平成28年労働者インターネット調査によれば、内部通報窓口への通報の 67.5%が匿名による通報であり、匿名による通報を一切受け付けないとすると、かえって内部通報制度が機能しなくなるおそれもあります。そのため、内部通報窓口の運営においては、通報者の意向次第では匿名による通報も受け付ける体制が必要です。
 なお、会社の通報窓口の担当者が通報者の氏名や通報内容を第三者に漏洩した場合には、会社が通報者に対する損害賠償義務を負う可能性もあります(大阪高判平成24年6月15日労働判例ジャーナル8号10頁)。

ⅱ 通報受付時の注意点
(ⅰ)マニュアルの作成、セミナーの実施
 通報者から通報を受けた担当者は、通報者の心情に配慮しつつ、円滑な対応をすることができるようにする必要があります。そのため、予め、通報窓口の担当者に向けたマニュアルを作成する、更には研修・セミナー等の事前準備を行うことが望まれます。
(ⅱ)通報受付方法の整備
 通報を受け付ける方法や媒体をどうするかという問題もあります。電話、ファクシミリ、電子メール、社内イントラネット等が一般的でしょう。もっとも、電話の場合、会話内容が関係ない部署の社員に聞かれないようにするために、遮蔽した別の場所に設置する、専用回線を用意する等の配慮が必要となります。また、電子メールの場合、誤送信による第三者への漏洩の危険に配慮する必要があります。
(ⅲ)通報者への説明
 内部通報窓口の設置に当たって、通報者の秘匿性の確保と不利益取扱いの禁止に関する規律を整備し、その旨を内部通報規定にて明言しておくことが必要となります。また担当者が通報を受けた際に、この二点を通報者に伝えることも重要となるでしょう。もちろん、利益相反との関係で、通報対象事実と関係のある担当者は、相談の対応に当たらせないことが必要となります。
(ⅳ)単なる不満や個人的な悩みについて
 通報窓口には様々な内容の相談が寄せられることが想定できます。不正行為やハラスメントの相談以外にも、会社に対する不満や個人的な悩み等についての相談も寄せられる可能性があり、それらの相談に対する対応も検討しており必要があります。通報者の側で通報すべき事実を的確に把握できていない場合、このような相談によって、通報窓口の担当者に負担がかかることが想定されます。ただ、このような相談も、通報すべき事実である可能性もあり、その判別は困難であること、また、転勤等の人事に関する不満等も想定されること等から、慎重な対応が求められます。

ⅲ 事実確認の調査をする際の注意点
 事実調査において、通報者が特定されないように注意する必要があります。今回はどのような点に注意をすればいいでしょうか。
 今回は、YouTube動画が問題ですので、問題となっている事実関係を把握するにはYouTube動画を確認すればよく、パワハラ事案のように複数の人からの聞き取りの必要性はあまりない事案といえます。そのため、パワハラ事案のように、該当部署以外にもダミー調査を行う、匿名のアンケート方式によってすべての従業員を対象に定期的に行う等の対応までは必要ないと考えます。問題社員(B)に対する事情聴取において、通報者がAであることを推知されないよう工夫する必要があります(例えば、窓口担当者がたまたま動画を見つけたという体裁でBに対して事情聴取を実施する等が考えられます。)
 事情聴取においては、どのような事実関係であれば処分するか否か、処分内容を検討する上での必要な事実を確認する必要があります。今回では、いつからYouTube に動画を投稿(又は出演)しているか、YouTubeでの広告収入(又は出演料)を得ているか、どのような意図で会社名を明らかにしたのか、どのような意図で「会社にいる問題社員」というテーマを設定したのか、今後もYouTubeに動画 を投稿(又は出演)するのか等について事情聴取をする必要があるでしょう。

ⅳ 事実調査を実施した上での対応
(ⅰ)基本的な方針
 YouTube動画を確認し、問題社員(B)にも動画投稿の意図を聴取した上で、窓口担当者又は役員としては当該社員(B)の行動についての対応を検討することになります。基本的には、①問題ないとして特に何もしない②注意にとどめる③懲戒処分をするの方法になります。   
 YouTubeへの動画の投稿に関し、何もしないという選択肢は現実にはあまりないかと思います(無断で投稿し、かつ収入を得ていれば副業規定違反になります)ので、BのYouTubeでの言動に慎重になるよう注意をするのが現実的な方法だと思います。
 それでは、会社としては、通報者であるAの意向を尊重してBを懲戒処分にすることができるのでしょうか。
(ⅱ)懲戒処分とする場合
 使用者が懲戒権を行使するためには、あらかじめ就業規則に懲戒の種別及び事由を定めておくことが必要となります。
ア 懲戒事由の定め
 YouTubeへの動画の投稿、出演については昨今のブームである反面、それらに対応した懲戒事由を明確に定めていない企業が多いかと思います。なお、副業禁止の規定を定めている企業も多いと思いますが、勤務時間以外の余暇をどのように過ごすかは原則として労働者の自由なので、無断で投稿し、かつ収入を得ている等の事情がない限り、懲戒の対象となるわけではありません。
 SNSの時代となった現代において、会社の悪評を投稿したり、会社の従業員の誹謗中傷に利用される等の事例が頻発しています。そのため、定期的に就業規則を見直すことが重要です。
 本件で、仮にYouTube動画の投稿等に関する懲戒事由が定められていない場合には、多くの企業の就業規則で定めている「品位を損なう言動」「社内秩序を乱すと評価される言動」に該当するか判断する必要があります。
イ 処分の妥当性
 また、懲戒事由の定めがあったとしても、労働契約法15条に照らして、「客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」に当たり違法となることがないように、懲戒処分をするか否か、するとしてどの程度の処分をするか等を慎重に吟味しなければなりません。
ウ 本件での問題   
 本件で問題社員Bが投稿(出演)したYouTubeの企画は、「会社にいる問題社員」というテーマであり、Bは自らX社の所属であることを明らかにしています。しかしながら、特にX社の評判の悪化になるようなことを話していないのであれば、企業名を明らかにしたこと自体で「品位を損なう言動」「社内秩序を乱すと評価されるされる言動」と評価するのは難しいものと考えられます。
 では、Aの相談にもあったようにBの発言が「どう聞いても私のことであり、私の悪口を話しているとしか思えませんでした。会社の従業員が動画を見れば、問題社員の対象がAであることはわかるのではないかと思います。」という点をどのように考えるべきでしょうか。この点に関しては、BがAの名前やイニシャルも明らかにしていない以上、Bの部署の部下がAのみであるとか、ごく少数の者で構成されている等の事情が無い限りは、直ちにAに対する悪口を述べていると判断することはできません。Aが自分のことを話していると感じている点について、客観的にAのことと特定できるかは慎重に判断する必要があります。なお、Aのことだと判断できるかについて従業員に聞き取りをしようと考える担当者の方もいらっしゃいますが、他の従業員が当該動画を見ているとは限らず、かえって被害を大きくする可能性があることにも留意する必要があります。 他方で、Aのことを述べているとは特定できないとしても、Bが部下の悪口を述べていること自体で、社員のモチベーションの低下に繋がることは十分に考えられ「社内秩序を乱すと評価されるされる言動」との懲戒事由にも該当し得ます。これも動画を見た社員がどの程度の数いるのか、またBの発言内容がどのようなものであるかについて慎重な検討が必要になります。

4 まとめ

(1)通報窓口の運用は難しい 
 以上の通り、実際の事例を踏まえて企業内での内部通報窓口の運営上の注意点を解説させていただきました。
 今回は、YouTubeの動画を踏まえて対応する際の注意点であり、通報内容によって注意点は異なるものです。
 通報窓口を設置する際はもちろん、実際に運用する上では、通報者からの聴取一つとっても慎重な対応が求められます。さらに、通報内容が問題事案であり追加の事実確認調査を実施するべきか否か、実施するとしてもどのような調査をするか等、検討しなければならないことは多いです。加えて通報内容が問題事案であったとしても、それを踏まえて会社として被通報者にどのように対処するか(懲戒するか否かの判断も含みます。)に関しては、会社の担当者及び取締役において判断することが難しいことも多いです。
 今回の事例一つにしても、内部通報窓口を運用するのはかなり大変であることがお分かりになると思います。
(2)法律事務所に通報窓口を設置すべきである 
 上記(1)のとおり、実効的な内部通報窓口を運用するのはかなり大変です。これは間違いありません。また、通報窓口の担当者は事実確認等の通報窓口の運用により手一杯になり、他の業務にまで手が回らなくなります。そのため、内部通報窓口は、法律事務所に設置することを強くお勧めします。
 法律事務所に設置することのメリットについてはコラム「労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)について」でも記載させていただきましたが、まとめると以下の点にあります。

 ①従業員が、いわゆる身バレの不安を抱くことなく相談できる。
②通報内容が、追加調査を必要とする問題事案か否かを通報内容に潜む法的リスクを踏まえて判断することができる。
③適切な事実調査(不正調査)が可能。
④被通報者に対する処分についても法的な立場から検討することができる。

(3)たきざわ法律事務所でできること
 弊所では「クライアント企業の役員・従業員を含め皆が誇りを持つ組織、皆が幸せになれる組織の構築を実現する。そのためにパワハラ相談窓口の運営においてナンバー1の事務所になる。」という理念の下、企業のパワハラ対策・コンプライアンス対策として、企業外部の相談窓口の設置・運営を行っております。これまでも多くの企業における問題事案(不正事案)について事実関係の調査を実施した上で、被通報者に対する処分を検討してきました。
 人財確保(維持)のためにも適切な内部通報窓口の設置・運営を実現したい企業様のご相談をお受けしております。
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